昔の川は大量荷物の輸送手段だった

 最近は、局地的豪雨で河川の氾濫が相次ぎ被害も相当なものだ。
 そうは云っても昔と比べれば、日本の主な川は殆んどがダムが建設され、また堤防工事も進んでいるので回数的には少なくなっていると思われる。

 そんな災害を引き起こす川なのだが、他面利益をもたらす川でもあったのだ。
 そうはいっても江戸時代の幕府は災害とか交通の便を一番に考えたわけではなく、あくまでも防御というものを最優先させたのだ。
 つまり幕府は、大河川と主要街道が交差する場所には決して橋を架けさせなかったのだ。

 このため災害発生とか、荷物の(大量)輸送は不便そのものだったと言われている。

 しかし、川を利用して物が運べたことは商人にとってはありがたかったはずである。
 その中で一番潤ったのは材木関係の商売人や職人だったのだ。

 全国の多くの河川で行われたのは、木材の筏流してある。
 例えば江戸近郊でいえば、多摩川の場合、山から落とされた木材は青梅で筏に組まれている。
 そして、これを操る筏乗りによって4日がかりで六郷まで運ばれている。
 川の流域には「筏師」の泊まる宿まであったのだ。

 筏流しは、江戸の街が急激に発展したしたことで潤ったのだが、火災も多く発生しており、より需要が増加し栄えることになる。

 約200年間の繁栄が続くのだが、明治以降鉄道と自動車等の発達により、大正末に姿を消すのである。
 
 

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