頓智で有名な「一休」さんは嘘

 先般、民放のTV番組で「一休さん」が放映されたのだが、この一休さんは「頓智」で有名な和尚さんであることは周知のとおりである。
 余談だが、この一休さんと名コンビとして登場してくるのが「新右衛門」さんなのである。
 そして、この新右衛門さんの子孫が、格闘家でチャンピオンまでなった「武蔵」であることが分かったのは最近のことでビックリしたものだ。
これはNHKの番組「ファミリーヒストリー」なのだが、約800年前の「蜷川新右衛門」の子孫だといい、ドラマ「一休さん」の相方“新右衛門”のモデルだというのである。

 さて本題に戻すのだが、「一休」さんは、そのトンチ振りで人気を博しているのだが、一休さんの実像は、アニメやドラマとは大分異なっているのだ。
 はっきり云えば「頓智和尚」ではなかったのである。
 
 一休さんがトンチで有名になったのは、江戸時代に刊行された『一休咄(ばなし)』がきっかけなのだ。
 この本を元に、絵の入った草子が発売されると、当時の庶民に大いに受けたのだ。
 以降、何度も繰り返して「絵入り草子」が発売され、トンチ咄が語り継がれることになり、現在でもなお人気者となっている。
 特に現代では、TVアニメ化され、日本だけでなくアジア諸国に「トンチの一休さん」として知られることとなった。
 
 ところがである。『一休咄』で紹介されている逸話の多くは、後世の作り話なのだ。
 中国の『酔菩提(すいぼだい)』という書物の焼き直しや、他人の逸話を二番煎じしたもので、トンチ小僧というイメージは、江戸時代の“作家”によって作り上げられたものなのだ。
 勿論、室町時代の禅僧である一休さんには責任はないのだが、実在の一休さんはも当時としても型破りで、風変わりな禅僧だったことは確からしい。
 例えば、大法衣(だいほうえ)に正装で出席すべきところをボロボロの衣で参列したり、僧であるにもかかわらず木剣を持って歩いたり等、人々を驚かせることが少なからずあったというのだ。
 また、70歳を過ぎても、20代の女性と愛欲生活を送り、その様子を大胆詩に詠んだことでも知られている。
 (参考~歴史の謎研究会書他)

 実在「一休」の奇行伝説
 
 一休は町に出る時、よく美しい朱塗りの鞘(さや)に入った刀を持っていた。
 ある時不思議に思った人が「なぜ刀を持っているのですか」と質問したら、一休が抜いた刀は偽物の木刀だった。
 そして「近頃の偉い坊さんどもはコイツと同じだ。派手な袈裟を着て外見はやたらと立派だが、中身はホレこの通り、何の役にもたたぬわ。飾っておくしか使い道はござらん」と言い放ったという。
 またある年の正月には、一休は杖の頭にドクロを載せて、ズタボロの汚い法衣でこう歌い歩いたという。

 「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」(元旦が来る度にあの世が近づいているのをお忘れなく)。
 
                  実在一休像
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