岡ツ引は副業でタップリ

 同心に常についている者は表向きには仲間(ちゅうげん)で、奉行所へ一緒に通っている。
 仲間は家来だから当然同心から給料をもらっている。
 ところが、仲間を置いていない同心も多い。
 そういうのは「岡っ引」がつねに供をしている。

 これは奉行所の役人ではない。まったく私的な者なのだが、以前素行が悪くその方面に顔がきく、自分も蝶者のようなことが好きだ、という者がなるのである。
 何か手柄を立てて奉行所内に名が通るようになると、奉行所でも手当てを月に一分か一分二朱くらい渡してくれる。
 そうなると下ツ引という子分が数人できて、親分衆として町に顔がきくようになる。
 常についている同心からもいくらか小遣いが渡されるのである。
 しかし、実際にはそれだけでは生活が成り立つわけではないので、家ではかみさんがなにかしら小商売をやっていたのである。
 小物問屋とか、小料理屋とか、湯屋などが多かったようである。
 下ツ引はこの岡ツ引の台所の飯を食べていたのである。

 奉行所からわずかでも手当てを貰っているような岡ツ引は、常時十手を預かっていた。
 テレビの時代劇などで、十手の差し方がどうのこうのと言われているが、与力は偑刀と並べて差す。
 同心は左腰の所へ差す。
 岡ツ引はうしろ腰の帯の結びあたりに差す。
 しかしそれでは幅がきかないので、多くは袱紗(ふくさ・絹やちりめんの小型の風呂敷のこと)へ包んで懐に入れていたのである。
 岡ツ引の十手には例の赤い房はなく無房であったのである。
   (参考~北村鮭彦著から)

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