戦国時代の武将の法名(戒名)と墓

 戦国時代、幾多の名将といわれる人物が亡くなっているのだが、墓所めぐりでもしようとすると、一人の武将の墓が幾ケ所もあることに気付く。
 墓というものは一人(一家)に一つが一般的(戦国時代も一緒)と思うのだが、名将といわれる人物は幾つも点在しているのだ。

 これは、遺骨が分骨されて残っていることが多いのだが、後世の人が名将を祀る意味もあって、あちらこちらの地に墓を創ったことも因である。
 マア、供養塔といった方が分かりやすいかもしれない。
 堂々とした石塔、小さく苔むした五輪塔、自然石を立てただけのもの・・・さまざまである。

 次に、法名(戒名)について文献を調べると、一般的には人物を捨てて、仏となって永遠の仏格を得たことを表すとなっている。
 だから僧侶の名も法名といえるというのだ。

 一般には、死後成仏した印として与えられる名称で、多くの法名が「漢訳経典」から、法名に相応しい二字、四字、六字の漢字が選ばれるというのだ。
 普通は法名も一つのはずなのだが、菩提を弔う寺がいくつもあると、各寺の僧侶が法名をつけることになるので、複数の法名を持つことにもなるのだ。

 あの世に旅立っている名将たちの中には、戸惑っている者もいるかもしれないのだ。

 ちなみに「織田信長」の法名は
  
      安公総見院泰巌
      総見院殿贈大相國一品泰巌尊儀
      総見寺殿泰巌大居士
 


 墓所は幾つもある

 〇 本能寺(ここは供養塔といわれている)
    京都市中京区下本能寺前町
 ○ 阿弥陀寺
    京都市上京区鶴山町
 ○ 大徳寺総見院
    京都市北区柴野大徳寺町
 ○ 高野山奥の院
    和歌山県伊那郡紺屋町
 ○ 崇福寺
    岐阜県岐阜市長良福光 
 そのほか多数存在する。

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