江戸時代、商人や職人に対する税金は?

 最近は給料は下がるが税金は高くなるという、変な時代だが江戸時代の税はどんものがあったのであろうか?
 今回は、徳川林政史研究所須田肇氏の著から紹介しよう。

 『税金』という考え方は明治以降の近代社会でおこなわれたものであるから、江戸時代に現代の税金にあたるものを見出すことは大変難しい。
 では、町人は幕府や領主、地域集団や同業者集団に対して、負担していたものがなかったのかというと、そうではなく、町人が町人であるためには何かしらの負担を担っていた。

 まず第一に町人は諸商業を営んでいたから、冥加金・運上金・御用金を負担していた。
 
 冥加金は、幕府や藩から営業を許可された商工業者が、収益の一部を献金したもので、個人単位と同業者集団(株仲間)単位のものとがあった。

 運上金は商工業だけに限ったものではなく、輸送業・漁業・狩猟・鉱山業・醸造業など広い業種にわたり、収益の中から一定の割合で納めたものである。

 御用金は幕府や諸藩が財政難を補うために臨時に長期低利で、富裕な商工業者から借り上げたものなのである。
 現実には、半強制的な献金と言った方が良い。

 つぎに、町人は都市に居住し、自家をもち(家持)、町という地縁共同体の正規の構成員であった。
 町の構成員であることで、町人は家・屋敷(地)・財産を保全し、商いの信用を得、家族や使用人・借家人(店子)・借地人の生活を支えていたのであるから、町の親睦や扶助、治安のための負担を担っていた。
 町入用という形で金銭が集められ、その出費により町の運営がなされていたのである。

 最後に、町人が国家や領主に対して負っていたもの(役)がある。
 その内容は伝馬役と町人足役である。
 伝馬役とは、領主の街道通行の際に馬や人足を提供することで、町人の屋敷の間口に応じて決められていた。
 町人足役は、普請工事、掃除、防火、防災などの種々雑多な日常の公共的な生活に欠くべからざる負担であった。

 以上が、町人が町人で在ることから負っていた諸負担である。
 強いて所得税のようなものを挙げるとすれば、個人単位の冥加金となるであろうが、年貢も農民個人に直接賦課されたわけでなく、領主から村へ賦課され、村内で割ったわけであるから、現代のように個人が直接税金を支払うことは江戸時代にはなかったものと考えられるのである。

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