「与力」と「同心」の違い

 テレビ・映画で頻繁出てくる「与力」と「同心」、どこがどう違うのか、どちらが上席なのかよく分からないであろう。
 今回は中央学院大学重松一義教授の書から紹介しよう。

 戦国の時代、甲斐・三河・遠江などで、大名の配下の有力家臣が寄親(よりおや)となり、寄子同心、与力同心と呼ぶ地縁的な軍事組織を形づくっていた。
 これはいざと言う場合、寄親の要請に騎馬で応じる寄人(よりうど)が「与力」、徒歩で応じる寄人が「同心」という語源を生み、与力を一人二人と数えず、一騎、二騎と呼ぶ慣わしともなっている。

 このような由来から、江戸の与力、同心も軍事組織として「奉行一人、南北一組に組与力25人、同心150人を一隊と定む。
 これを五つに分かち、一番組より五番組まで五分隊とし、其の人員与力五人同心三十人と定む」(江戸町奉行事蹟問答)とあるように、与力が馬に乗る分隊長で同心が歩兵、割合からいって、与力一人に同心六人を従えるという仕組みになっている。
したがって与力の方が偉いわけであり、こうした軍役(出陣)の身支度でも、与力は自分の具足で兜など自分の好みによって格好良いものを自費で備えられるが、同心は御貸(おかし)具足を着用、あてがいぶちの武具(槍など)を用いる。

 給与も与力は200石(200俵取り)、同心は30表の差がある。
与力同心は大別して、御留守居・大御番頭・御書院組頭・御鉄砲組頭・御持弓組頭などど高位武官に主として付属する諸組の与力同心と、町奉行所に付属する与力同心とがあった。
 時代劇でみるのはこの後者の方である。

 この町奉行所与力の職分をみても、同心よりはるかに重要な役目を受け持ち、例えば奉行側近の内役として宰領する年番役与力(年番方)、吟味方与力(取調)、市中取締諸色掛与力(判例である旧記例格の調査)、赦帳・撰要方与力(人別調)、市中取締諸色掛与力(問屋筋取締)などがそれで、その配下に同心がいたのである。

 ただ捕物については特別の場合を除き、同心だけの職務である三廻り(隠密廻・定町廻・臨時廻)に委ねられており、「召捕者これある時は、与力の進退の指図をして同心に捕へさすべし」(『明良洪範』続篇巻三)ということで、与力は見届役・検視役、同心は召捕役との違いも明確になっている。

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