戦国時代で負け戦のときの財産の処遇

 戦いに敗れた場合、負けた側の武将の財産は勝利した側の武将の物になり、勝ち戦に貢献した部将に分け与えられていた。

 代々家に伝わる宝物などを落城前に、敵方に与えてしまうこともあった。
 負けた時は、城に火をかけて自刃していく場合が多く、自分と一緒に貴重な財産を焼いてしまうことになり、実に惜しいということになる。
 そういう考えの敗軍の将は、敵方に財産を与えることによって、貴重な財産が後世に残ると考えたのである。

 エピソードとして、天正10年(1582)の山崎の合戦で、明智光秀(近江・坂本城主)の家老で明智秀満は、落城前に茶道具や刀、その他公家から没収した品々を、縄で縛って城から降ろし、攻めて来る羽柴秀吉軍に与えたということがある。

 これとは逆に、名声を落すのを恐れ、勝者が敵の城をすべて焼いてしまう場合がある。
 今川館に残る貴重な財産のことを考えた武田信玄は、駿河(静岡県)で今川氏真を攻めるときに、家臣たちに城を焼くなと命じた。
 しかし、家臣たちは、財産目当てに城を攻めたと評されては信玄のためにならないと考えて城を焼いてしまったということもある。

 当時の武将たちの財産は、城外で分散して管理することはなかったのである。
 城の中に色々な蔵があって、そこで一括して管理していたのである。
 城を攻め取るということは、その軍事的機能を獲得するだけでなく、蓄えられている金銀などの財宝や食糧等も手中に収めることでもあったのである。

 下克上の盛んな戦国時代のことである、いかにして戦いに勝って城を手に入れ、またその財産をいかに家臣たちに還元していくかが、戦国武将の器量の見せ所でもあったのである。
 (参考~小和田哲男氏書より)



 
 

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