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zoom RSS 戦国時代の「城」は武将の象徴と政務の中心

<<   作成日時 : 2016/05/20 10:15   >>

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 織田信長のことについて何度かUPしたのだが、今回は先月発生した熊本地震のおかげでひどい損害を受けた「熊本城」に関連して「城」についてUPしたい。
 その前に「この熊本城」のことなのだが、別名「銀杏城」という愛称があり市民から親しまれていたという。
 銀杏城」という名の由来になっているのは、城内に植えられた銀杏の木である。
 これは、籠城戦になった時の食料確保のため、築城時に加藤清正がこの銀杏を植えたという伝えがあることからきている。

 この熊本城は、加藤清正が慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの後、7年の歳月をかけて同12年(1607)に完成した城である。
 城の規模は東西1.6km、南北1.2km、周囲5.3km、城域約76万平方メートルある。
 北から西へは坪井川を引いて堀とし、東と南は数層の石垣をめぐらし、その複雑で堅固な構造は、清正の実戦体験から生み出されたものといわれている名城だ。
 しかし、天守閣、櫓、石垣等などが大規模に損壊したことは残念であるが、復元には数十年を要するのではと言われている。

 本題に入るのだが、古代から城が築かれ始めその数4万ともいわれているぐらい多いのだ。
 そして、その殆どが戦国時代に築かれている。
 戦国武将たちが競って築城した目的はただ一つ「軍事拠点」をつくることにあった。
 防御機能を最大限に発揮するためにはどこに築くのが良かったかというと、それは山の頂上だということだ。
 ここならば、攻撃されにくくて守りやすく、手っ取り早く作れるということだ。
 だから戦国時代の初期までは「山城」が多かった。
 これは谷が周囲にあり、頂上まで急峻になっていて、その峰に作る城こそが理想だったということだ。

 しかし、武将が常時頂上の城に居住していたわけではなく、平穏な時は麓の屋敷で生活していたことはご承知の通りだ。
 だから城郭といっても、大したことはなく築城のための土地とその周囲の土地、それにささやかな建物であった。
 そして、戦国時代も後期になってくると、「山城」は少なくなってきた。
 徐々に丘陵地や平野に作られる「平山城」が多くなったのだ。
 理由としてはいろいろあるそうだが、戦火が全国に拡大して、山頂にある軍事要塞と麓にある居館を往き来していたのでは即応できなくなったというのが本音だろう。

 おかげで「城」そのものは巨大化してきたのだ。
 軍事的要塞と大名としての居館、それに威厳を備えようとすると自ずから巨大化せざるを得なかったことだろうことは推測できる。
 威厳という意味では天守閣を作って近隣諸国の大名、領民への示威行動だったことも頷けるのだ。
 
 話は戻るが熊本城の甚大な被害について、復旧は数十年だ十数年だ・・・とやかましいが、果たしてどのくらいの年数と金で復旧できるのか・・・・他人事ながら心配ではある。
 石垣積みは「穴太衆」が有名だが、現代でも石組みについての匠がおられるようなのでその点は心配はなさそうではある。

 穴太衆とは?――石組みのプロ集団で、近江一円で活躍していた。
 戦国時代以降、石垣のある城が一般的となり、穴太衆は織田信長の安土城をはじめ、 豊臣秀吉、徳川家康、加藤清正ら全国の大名から石垣づくりの要請を受けている。

 
画像

                      在りし日の熊本城・HPから

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