テーマ:人生

渡り仲間(ちゅうげん)はバクチと喧嘩好き

 武家屋敷には町方の手の者は入れないので、仲間たちの雑居している大部屋では、毎晩のように賭場が開かれていた。  まじめな仲間は、十年も勤めて二、三十両の金を貯め、国へ帰って田畑を買うのを楽しみにしていたが、口入れ屋から雇う「渡り仲間」は、仕事の要領は良く、いちおう心得てはいるが、バクチや喧嘩が大好きで、町人に嫌われた存在であった。 …
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男を呼ぶとき「君」というが、その語源とは?

 古くから男を呼ぶとき「○○君」と呼ぶが、何故「君」と付けて呼んだのであろうか?そしてその語源はどこから来ているのであろうか?  今回は国学院大学名誉教授樋口清之氏の書から紹介しよう。  古くから日本の言葉は発音が同じなのに時代によって意味が違ったり、意味するものの数が増えたりする語が多くある。  「きみ」は漢字では「君」と書…
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坂本龍馬の「亀山社中」は株式会社ではない

 現在NHK大河ドラマで「龍馬伝」なるものが放送され、坂本龍馬所縁の地域は「龍馬ブーム」で沸いているらしい。  決して水を差すわけではないが、坂本龍馬が創り上げた「亀山社中」は日本最初の株式会社であったということはよく言われている。  果たしてそうであろうか?  今回は、神戸大学教授神木哲男氏の書から紹介することにしょう。 …
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蘇我氏、平氏、豊臣氏の跡目相続人はいるのか

 歴史上に出てくる有名な「曽我氏」「平氏」「豊臣氏」等の姓を継いでいる者は居るのであろうか?  疑問に思っている方も多いものと考えられる。  今回は、姓氏・家紋研究家の丹羽基二氏の書から紹介しよう。  「跡目を継ぐ」という言葉を「跡目を相続する」という言葉に取ると、いわゆる「家を継ぐ」という事になる。  この場合の「家」とは…
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「日の丸」の使用はいつこ゜ろから?

 日本国旗と決められている「日の丸」、日本人として誇るべき国旗であろう!  白地に赤い丸、これほどシンプルで分りやすい国旗は世界の中でも日本の国旗だけであろう。  その「日の丸」であるが、ではいつごろから使われだしたのであろうか?  今回は東京教育大学高橋正人名誉教授の書から紹介することにしよう。  「日の丸」は、明治3…
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「乱」「役」「変」等の区別

 歴史本を読んでいると、「乱・役・変」等良く目にする。  何となく分っているつもりであるが、詳細については理解できていないのが実情ではないだろうか。  今回は学習院大学安田元久名誉教授の書から学んでみよう。  古来、「乱」「役」「変」等の用語はそれぞれの時代の思想傾向や歴史を記述する人の歴史観によって「言い慣わし」に変化がある…
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年号の起源と決め方

 最近は新聞の日付も西暦を使い元号は( )中に閉じ込められているが、つい最近までは元号が表面に出ていた。    西暦使用は世界的なもので「ケチ」をつけるつもりは毛頭ないのであるが、疑問に感じることはある。  西暦は「キリスト」誕生を起源としていると思うのだが、クリスチャンでもない仏教国の日本人が西暦を当たり前として使用している…
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江戸時代の豪遊伝説

 豪遊というと「紀伊国屋文左衛門」と「奈良茂」を思い出す方々も大勢居られるであろう。  その豪奢(ごうしゃ)な暮らしぶりで数々の逸話を残した者の一人が、商人を代表する「紀伊国屋文左衛門」であろう。  明暦3年(1657)の振袖火事で大儲けした材木商を初代とすると、40箱の千両箱を持って深川へ引越したのが2代目、享保19年(173…
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暴れん坊将軍吉宗、さてその実態は・・・

             徳川吉宗像 徳川記念財団所蔵  TVで大活躍する「暴れん坊将軍」は「水戸黄門」と双璧であるといっても過言ではないほど、日本人には人気がある。  身長およそ6尺(182センチ)、木綿の着物を着た色の黒い大きな男。  相撲取りよりも大きくて力が強く、鷹狩りが大好き。そのくせ子どもにもよく慕われ、柔和で…
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水戸黄門は全国漫遊はしていないが、その本質を知る

 TV放送で依然人気のある「水戸黄門」。  実際には、全国漫遊をしていないことは周知のとおりであるが、何故このように全国を漫遊する物語が出来たのであろうか?  中央学院大学重松一義教授書から紹介することにしよう。  ズハリ言って、日光・潮来・房総・伊豆・鎌倉等関東一円の小さな旅はあるが、全国を漫遊したことは一度もないのである。…
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江戸時代、道中手形を亡くした場合どうなったか?

 現在のパスポートと同じ「道中手形」紛失したり盗られたりした場合どうしたのであろうか?  国立歴史博物館山本光正氏の書から紹介しよう。  関所通行手形は、証文・切手ともいい、関所通行の許可証であった。  手形には女・囚人・乱心・手負い・死骸・鉄砲等の各種があり、さらにその種類により、上り下りの別によってもそれぞれ発行者を異にす…
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松の廊下刃傷事件(忠臣蔵)は江戸留守居役の処世術が下手だったから

 「忠臣蔵」は現在でも演劇・テレビ・映画で取り上げられ、日本人の判官贔屓(ひいき)もあって根強い人気がある。  しかし冷静に考えてみると、どうも江戸留守居役の日頃の処世術が下手だったことが浮び上がってくるようである。  今回は、北村鮭彦氏の書から紹介しよう。  大名の中でも役職に就いている者はそれなりに多忙である。  大老、…
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船に「○○丸」とつけるのは何故

 日本船舶には、船名を「○○丸」とつける習慣があるが何故だろうか?  疑問に思った方も多いと思う。  今回は国学院大学名誉教授樋口清之氏著から紹介することにしよう。  日本では、人名、あるいは人名でなくとも、「○●丸」とつける習慣がある。  人の場合は幼名といって幼児の愛称であった場合が多いのであるが、船につく「丸」などは、…
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最後の将軍「徳川慶喜」の明治時代の生活

 徳川幕府最後の将軍「慶喜」、大政奉還後、江戸を離れてしばらく水戸で生活(謹慎)していたことは良く知られている。  その後はどのような生活であったのか、小和田哲男氏の著から見てみよう。  水戸では東北地方での旧幕府と新政府との間で戦争が続いており、おちおちと生活できない状態となったのである。  そのころ、徳川家の相続人とな…
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江戸時代、商人や職人に対する税金は?

 最近は給料は下がるが税金は高くなるという、変な時代だが江戸時代の税はどんものがあったのであろうか?  今回は、徳川林政史研究所須田肇氏の著から紹介しよう。  『税金』という考え方は明治以降の近代社会でおこなわれたものであるから、江戸時代に現代の税金にあたるものを見出すことは大変難しい。  では、町人は幕府や領主、地域集団や同…
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岡ツ引は副業でタップリ

 同心に常についている者は表向きには仲間(ちゅうげん)で、奉行所へ一緒に通っている。  仲間は家来だから当然同心から給料をもらっている。  ところが、仲間を置いていない同心も多い。  そういうのは「岡っ引」がつねに供をしている。  これは奉行所の役人ではない。まったく私的な者なのだが、以前素行が悪くその方面に顔がきく、自分も…
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袖の下「ガッポリ」の与力と同心

 与力も同心も役得の多い仕事であった。  与力のところへは、まず正月には町火消の頭が年始の挨拶にくる。  もちろん何がしかの金が入ってくるのである。    4月には外様大名の参勤交代の月で、領国へ帰る挨拶などの使者がくるのである。  諸大名の江戸屋敷には妻子や家来が大勢生活しているのである。  江戸の生活に慣れていない国侍も…
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社会人として合格点をもらうために「論語」の『九思』にならえ

 鳩山首相も小沢幹事長も、否他の政治家や一般人(自分も含めて)もすべて人間社会で生活をしていることを忘れているのではないだろうか?  余りにもギスギスし過ぎているきらいがあるのが現社会である。  中国の『論語』には、君子には、常に心がけなければならないことが、「九」つあるのだというのである。  その中で『孔子」は次のように言っ…
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政治家には民を引きつける人徳ある人物を~中国古典から

 現在「三国志」の映画「レッドクリフパート2」が上映されている。  私も前作に続き見せてもらったが、それなりに面白い映画ではあった。  その中で出てくるのが「劉備」である。    劉備は、呉と戦って大敗を喫し、丞相(じょうしょう)の諸葛孔明(しょかつこうめい)に後事を託して白帝城で死んだ。  その時劉備は、我が子劉禅(りゅうぜ…
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尾道市の民話(西国寺の仁王さん)・19

 久しぶりじゃが、今日は仁王さんの話をしようかのう。  そうじゃのう、今から300年も前の話じゃ、尾道の西国寺ではこの近辺にはないような大きな仁王門を建てたんよ。  院家さんや檀家の人達は、由緒ある西国寺にふさわしい立派な仁王さんをお迎えしようと、四方八方手を尽くして探しておったんじゃ。  そんなところへ、京都に有名な仏師が彫った…
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税金の取立てが穏やかな国は人が居つく~中国古典

 世の中、低所得者から税金を徴収し、介護を受けてもないのに介護料を徴収されている。  3年後には消費税アップもあるかもしれない。  本当に住みづらい世の中になりつつある。  そこで中国古典『礼記』(らいき)の中に次のような言葉があるので紹介したい。  礼記とは、周末秦漢時代の礼に関する理論及び実際を記録編集したもので、前漢の…
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人間このように終焉を迎えたいものだ~中国古典より

 三十而立、四十而不惑~三十にして立ち、四十にして惑わず。  知らない人はいないであろうと思うほど有名な「論語」の中にある言葉である。  「論語」は孔子や孔子の門弟の言行を記したもので、儒家の聖典とされている。  全文は  「吾、十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(し…
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人生楽しみながら生きていきたいものだ~中国古典から

 今朝テレビを見ていたところ、タレントの清水由貴子の介護疲れからの自殺を放送していた。  内容はいつものパターンで、お涙頂戴であるが、「良い人だったのに」とか「いつも笑顔を絶やさない人だった」と持ち上げるものである。  結婚もせず、ひたすら母親の介護で人生を歩んできた女性で本当に可哀想だ。  というものであるが内容はともかく、人間…
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悪事(汚職)は必ず発覚するもの~中国古典から

 最近千葉市長が汚職で逮捕された。  道路工事に便宜を図り、見返りに100万円受け取ったというものであるが、この種の事件は後を絶たない、  人間の宿命と云ってしまえばそれまでであるが、なげ悲しいことではある。   中国古典に次のようなものがある。 天知、地知、子知、我地~天知(てんし)る、地知(ちし)る、子知(しし)る、我…
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立派な人間になるための心得~中国古典から

 誰しも、自分なりに「人様に後ろ指を差されないよう努力していこう」と考えるものである。  しかし、残念ながらいつのまにかそれを忘れ、気がつくとダメ人間になっている。  そこで今一度、立派な人間とは云わないが、せめて普通の人間になりたいと思うのである。  中国「孟子の四端の説」の言葉を思い出し、それに近づくようやってみようと思う…
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組織のトップはこうあるべき~中国古典から

 民主党の小沢代表が公設秘書逮捕起訴にも係わらず、代表の座を辞任しようとしない。  自分が一番に襟を正さなければいけないのに「法律違反はしていない」と弁解し、責任をとろうとしないのはトップの人間としてはどうであろうか?  「法律違反」云々より、部下(公設秘書)が逮捕起訴されたことに責任を感ずるべきであろう。  これは企業のトップに…
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