江戸時代初期の銀産出は世界一だが・・・

 江戸時代の「大久保長安」といえば、金銀の産出を飛躍的に伸ばした人物として有名である。

 江戸時代初期の日本は、世界的にみても「銀」の産出はダントツであったといわれてる。
 亜細亜分を除く世界の「銀」産出量は約420トンとされているのだが、日本はそのうち約200トンを輸出していたという。
 徳川家康は鉱山政策に力を入れ、それを担わせたのが「大久保長安」である。

 長安は、中世以来の金山として有名であった佐渡島の相川金山の管理も行っているのだが、長安が管理を始めると、それまで上杉家時代には僅かであった産金が年1万貫(約37.5トン)にも上ったと云われているのだ。
 
 長安は、佐渡・石見の金銀山をはじめとして全国の金銀山を巡っている。
 そして、驚くことにその随員は総勢250人だっというのだ。
 250人も引き連れて全国を巡ったことになる。

 鉱山では紛争が絶えることはなかったという。
 佐渡では、寛永9年(1632)に山主等が代官を訴え、大工等の賃金引き上げを要求し、今でいうストライキを決行している。
 安永4年(1775)吹所の大工のストライキ、同9年には大工や堀子の騒動が起こっている。

 金銀の産出のうらには、過酷な労働があったことを物語っている。
 

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