平家所縁(ゆかり)の地を探訪・その1

 現在、NHK大河ドラマ「平清盛」が放映されている。
 人気は、兵庫県知事に「画面が汚い」と云われるほど評判は今一なのだが、広島県の「厳島神社」「呉市音戸町」はマアマアの賑わいらしい!?

 全国各地には、平家の落武者が隠れ潜んだ町として名が知れている地区もかなりあるのだが、その中で、広島県東部にも「平家谷」といわれる地区があるので、紹介がてら探訪することにした。

 現在は、福山市と合併し「沼隈町中山南(さんな)」の横倉地区だ。
 車で行くとすると、福山~沼隈戦を福山方面から南下すると、天神山下の交差点があるが、その少し手前を左折すると横倉地区(通称平家谷)に行ける。(別添地図)

 ここはバス路線になっているが、下八日谷(しもようかだに)を過ぎ、上八日谷までは平坦地で神社の「垂」は白色になっている。
 しかし、登って峠のところにある八日谷貯水池から平家谷に入るので、神社の「垂」が赤色に変わる。

 観光用の案内板も、各地区の案内板も縁が赤く塗られているので一目で分るようになっている。

 この八日谷の貯水池なのだが、今は満水状態で見ることはできないが、その昔、平家谷に入るこの入口付近に、「刀岩」という高さ一間、幅一間の巨岩があって、平家の落武者が運試しに斬りつけた刀痕が残っていたという。

 八日谷は、能登原(沼隈半島の南に位置する)合戦で敗れた平家の武者達が八日間隠れ潜んだ谷間であり、横倉は狭い道で馬の鞍が横向きになったということから名付けられたという。

 この横倉地区は、最近観光化に力を注いでおり、「花菖蒲園」「椿園」等で名が知られるようになっている。
 各所に案内板が立てられているが、特に平家伝説にちなんだ地名の由来が書かれているから、ジックリと読んでみたいものだ。

 その中には、下横倉の的場、中横倉の鐙峠(あぶみだわ)・乗越・見張り所、上横倉の弓場・館・広場等、牧挙にいとまがないほどである。

 平家にとっては、源氏の白旗はタブーであり、生活に必要な着物にも白色は一切用いなかったともともいわれている。

 赤は保護され、蛭でさえ人間の赤い血は吸わなかったと伝わっているのだ。

 下横倉と中横倉の間にある「赤旗神社」には平家の赤旗が祀られている。

 
                  平家谷(横倉)
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                  刀岩の案内板
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                  赤旗神社・赤垂が祀られている
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                  地名等の案内板・看板 
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 次は通盛神社を案内します。               

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