尾道市の民話(西郷寺の鳴龍天井の由来)・30

 今日はまた龍の話をしようかの。

 尾道三山一つ、瑠璃山(浄土寺山)のふもとに西郷寺という古寺があるんじゃ。
 その寺を建てられた三代目の託何(たくが)上人は、教えを広めるため、全国各地を巡っておられたんよ。
 九州肥前の国を遊行して、松浦潟の沖合いを数人の弟子の僧たちと共に、船で渡っておられたときのことじゃ。
 海路まことに穏やかであったが、急に雲行きがおかしくなったかと思う間もなく、暴風雨となって、雷鳴が轟き、竜巻がおこったんよ。
 船は木の葉のように揺れて、今にもひっくりかえりそうじゃった。
 「また龍神のやつが暴れ出したぞ」
 渡海になれとる老船頭が言うたんよ。

 「お客さん方、しっかり船につかまっていてくださいよ。この海なは悪い龍神が住みついていて、こういう航海中の船を悩ますことがあるんです。じゃが,信心深い人なら大丈夫ですたい」
 しかし、みんな生きた心地はなかったんよ。
 そのとき、託何上人は「おのおの方、心静かに南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお念仏を唱えなさい。どんな災難に出会うも仏道修行じゃ」と申され、自らは一心に般若心経を唱えられたんじゃ。

 黒雲が低く垂れ込める時化(しけ)の海に龍が光り、恐ろしい尾が波をパシッと大きくたたいたんじゃ。
 船人たちは、今は神仏の助けを待つより取り付くすべはないと、固く手を合わせ続けておったんじゃ。

 やがて、大波の底でで異様な声が聞こえてきたんよ。
 その声はだんだん近くになり、ついには龍神の姿となって船べりに立ち、こう叫んだんよ。
 「お上人さま、お徳の高い遊行承認さま、わたしは数百年来この海に住む龍であります。今までわたしは、たくさんの船を沈め、多くの老若男女の命を奪い、また山ほどの財宝を海底に沈めてしまいました。数え切れない悪行非業を重ねてきました。だが今、お上人さまの十念仏の声を耳にして、罪業の深いことに気づきました」
 その声はいかにも悲しそうであったそうじゃ。

 龍神は続けたんよ。
 「きっとこれまでの罪業の報いがあります。地獄に落ちて猛火に焼かれるか、剣の山で身を八つ裂きにされるか、閻魔大王の裁きが恐ろしくてなりません。お上人さま、この罪障深いわたしには、もう救われる道はないのでございましょうか」
 涙ながらに救いの道を願う龍神を見て、上人はさしもの重罪の龍神とはいえ、その真実の心をかわいそうに思われたんよ。
 それで上人は
 「それはよく気がついた。一心に南無阿弥陀仏の名号を唱えなさい。一念の称名によってすべての罪は除かれるのです。これは皆、阿弥陀如来の本願の故でありますぞ」とさとされたんじゃ。
 そして、龍神は上人から『南無阿弥陀仏・・・六十万帝決定往生』のお札を受けて、海中深く姿を消したそうじゃ。

 海にかかっていた暗雲が去り、風雨も治まって、船は再び穏やかな海路を松浦港へと急いだんじゃ。

 その夜のこと、泊の寺でお勤めが行われたんよ。

 その一座の中に、同行のだれ一人として見覚えの無い白髪の老人がいたんよ。老人はお経が終わるとつかつかと託何上人の前に進み出て、深々とと頭を下げて言ったそうじゃ。
 「わたしは、今日松浦沖で、お導きを授かった龍神です。おかげで苦界三熱(くかいさんねつ)の苦しみから救われることができたので、とり急ぎ、こうしてお礼参りをいたしました」
 そして上人に一個の不思議な形をした杓子(しゃもじ)を献上したんよ。

 これは『一粒万倍(いちりゅうまんばい)かじめの杓子』というもので、少しばかりのご飯粒でも、麦やイモの粥(かゆ)でも、釜に入れてかき回すといくらでも増えるという不思議な杓子じゃった。
 それで、これ以来、遊行上人巡教の際には、いつもお厨子に入れて持ち回れることになっつたのじゃ。

 上人の道中に従っていく者は、貧しい者でも病人でも、この杓子のおかげで食にありつくことができたんよ。
 この杓子、今は藤沢市の本山遊行寺の宝物館に寺の宝として納めてあるんよ。

 さて、白髪老人の龍神の霊は、託何上人のお徳を慕い、九州から尾道の西郷寺へとついて来たんよ。
 そして、お念仏の声を聞いて永遠に安心を続けているらしいんじゃ。
 西郷寺本堂の天井は『鳴龍天井』といって、下で手を打てば琴線を鳴らすような音がするんよ。
 これは、龍の罪障ざんげの喜びの声に違いないのじゃ。
 その龍神の霊は、お堂の裏にある大岩の上の祠に祀ってあるんじゃ。
 『鳴龍天井の歌』として、寂何の作に次のような歌があるんじゃ。
    拍(う)てば鳴り うたねばならぬ
        竜天井
    覚まして渡れ 人の世の道
 (尾道市民話伝説研究会発行「尾道の民話伝説」より)

 今日の話しはこれで終いにしよう。
 わしゃ疲れた。 

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