尾道市の民話(海龍寺と蛇が池の龍王さま)・25

 今日も浄土寺に関係する話をしようかのぅ。
 浄土寺山が、深い森であったころの話じゃ。
 その森の中に『蛇が池』という池があってのぅ、大きな龍が住んでいたそうじゃ。
 
 龍は、気候が良く景色も良いこの静かな池が大そう好きでのぅ、楽しく暮らしていたそうなんじゃ。
 龍はこれまでに、日照り続きに悩む人々の願いにこたえて、雨を降らせたことが何度かあったそうじゃ。

 それで人々は、龍を『龍王さま』と呼んで、恐れと尊敬で日頃は池に近づかないようにしていんじゃ。

 その年の夏も長い日照りが続いて、稲も野菜も日に日に枯れはじめたんじゃ。

 あちこちで、雨乞いの火がたかれてたが、なんのかいもなかったんよ。
 そのうち井戸も枯れ、底を見せ始め、人々は龍王さまへお願いするしか無くなってしもうたんじゃ。

 ある日の事じゃった。
 人々は松明を手にして、裏山から蛇が池へと向ったんよ。
 「蛇が池の龍王さまぁ、蛇が池の龍王さまぁ、また、わしらの願を聞いてつかあさい。この日照り続きで、皆んな難儀をしとります。どうか雨を降らせてつかあさい。龍王さまお願いします。」
 
 みんなの心が、雨乞いの声となって、山々にこだましたんじゃ。
 すると、やがてあたりは真っ暗になって、ドドドッーと水しぶきを上げて、池の水面に龍が姿を現したんじゃ。
 
 龍は、真っ赤な炎を口から吹き出しながら、割れがねのような声を上げたんよ。
 「おまえたちの願い、聞き届けよう」
 それから、龍は天に向って高らかに呪文を唱えはじめたのじゃ。
 「風よ来たれ 雲よ来たれ 雨よ降れ」
 ピカッと稲光が走り、雷が鳴り響き、たちまち大粒の雨が降り出してきたんじゃ。
 人々は
 「龍王さま、龍王さま」
 と叫び、躍り上がって喜んだんよ。

 長い平和な年月がたったんよ。
 浄土寺山の深い森も、裏山の方から次々と耕され、開けていったんじゃ。蛇が池はもとの静けさはなく、龍は落ち着いて昼寝もできんようになったんじゃ。
 ある晩のことじゃった。
 龍は、浄土寺山のふもとの曼荼羅(まんだら)堂という寺の和尚さんを尋ねていったそうじゃ。
 「のう、和尚さん、こう世の中が騒がしゅうなっちゃぁ、わしも住みにくうなった。景色の良い尾道を離れとうないが、仕方ない。明日天に帰ることにした」
 龍は、和尚さんを通して人々に別れを告げたんじゃ。 
 あくる朝早く、龍は長年住みなれた蛇が池に名残りを惜しみながら、浄土寺山に登ったんじゃ。
 裏山の「蛇が谷」に、胴体をこする音がガラガラと響きわたったんよ。
 浄土寺山の頂上に登った龍は、しばらく尾道の景色を見渡していたが、やがて山を降りたんじゃ。

 曼荼羅堂の庭を過ぎると、すぐ海に出るんよ。
 そのまま、ザブンと尾道水道に飛び込んだ龍は、悠然と松永湾を一周し、瀬戸内海を泳ぎ回ったそうじゃ。
 そして、尾道と四国の中ほどにある百貫島に上がると、この世のものとは思えぬ勇壮な姿で、雲を呼んだそうな。

 龍は、たなびく雲に包まれ、金の鱗を太陽にキラキラ輝かせながら、空の彼方へ昇っていったんじゃ。

 それからというもの、尾道の人達は日照りが続いても、雨を降らせてもらうことができんようになったんじゃ。
 そこで人々は相談して、龍が飛び込んだ海の沖に石垣を築いて、その上に『龍王社』という祠を建て、龍王さまをお祀つりしたんじゃ。
 それからは、日照りが続くと遠くの村や島から、この龍王社に鉦(かね)や太鼓をたたいて、にぎやかな雨乞いの行列がおとづれるようになったんよ。

 この雨乞いの行列は昭和の中ごろまで続いたということじゃ。
 海にポツンと浮んだように見える小さな祠は、朝日夕日に輝き、満潮の波に洗い清められ、漁に出る船は、必ず豊漁と安全を祈って立寄ったんじゃ。
 やがて曼荼羅堂は、龍が通って海に入ったということから『海龍寺』と名を改めたそうなんじゃ。
 ~尾道民話伝説研究会発行「尾道の民話・伝説」より~

 これで「海龍寺と蛇が池の龍王さま」の話しは終いじゃ。
  

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