尾道市の民話(丹花の子育てゆうれい)・8

                   現在の丹花小路
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 久保の本通の元啓文社の斜め左前に細い小路があるがの、この小路は「丹花(たんが)小路」と言うんじゃが、むかし、この小路に一軒の飴屋があったんじゃ。
 その飴屋では、でんぷんで作った白い『のしあめ』を売っていたんよ。
 もろぶた一杯の『のしあめ』を、のみで割って計り売りをしていたんよ。
 丹花小路で作られるんで、丹花あめと呼ばれていたんよ。
 その飴屋で、そのころ不思議な出来事が起きていたんじゃ。
 トントン、トントン、毎晩のように遠慮深げに戸をたたく人がいたんじゃ。
「おや、今夜もおいでになったようじゃ。はい、はい、今あけますけぇ」
 飴屋の主人は、いそいそと戸をあけたんじゃ。
 戸を開けると、いつものように細くやせた女の人の手がそっと戸の中に入り、「丹花飴をください」と小さな声がしたんじゃ。
 その手には、穴のあいた六文銭がしっかりとにぎられていたんじゃ。
 主人はいつもは飴を包み、その女の人の手に渡し銭をもらっていたんじゃが。
 このごろは、「何かわけがありそうだ」と感じ、「さぁ、さぁ、銭はいらんけぇ」と飴をわたすだけじゃたんよ。
 「ありがとうございます」と消え入りそうな声でお礼を言って帰っていく女の人の後姿を見送っていたんじゃ。
 ある雨の夜、いつものようにトントンと戸をたたくので、主人が戸をあけたんよ。そしたら、白い手が出て、「あのう、丹花飴をください。でも、もう銭がありません。それで、これをかわりに」
 見ると、白い着物の片袖を差し出していたんよ。
 主人は「銭はいらんよ。さぁ、飴を持ってお帰り」
 「ありがとうございます」
 女の人は小さな声で言い、帰っていったんじゃ。
 なにか深いわけがありそうなので、主人はこっそりと女の人のあとをつけていったんじゃ。
 暗い夜道じゃったが、女の人はすべるように行っていたんよ。主人もそっと急いで見失わないようにしたんじゃ。
 すると、女の人は近くのお寺の門をくぐるではないか、いそいで主人もお寺の門の所にいったんよのう。
 その時、風がサッと吹いたんじゃ。
 主人が門の中におそるおそる入ると、青白い火がボッと浮んでいたんじゃ。
 「ひゃあ、人魂だ」主人は腰が抜けそうじゃったが、青白い人魂は、パッと光ると、墓場の方へ飛んで行ったんじゃ。
 「おしょうさん、おしょうさん、人魂が出ました」主人はお寺に駆け込んだんよ。
 「何事ですかいの」和尚さんが出てきたんで主人は、あの飴を買いにきた女の人のことを言ったんじゃ。
 おしょうさんは、
 「そういえば、この前から、夜な夜な墓場で赤子の鳴き声がするという噂がしょうたのう。こりゃぁ、行ってみにゃぁいけんのう」そう言うと、主人と一緒に墓場へ急いだんじゃ。
 すると、ひとつの墓石にまるまるとよく肥えた赤子が、よかって眠っていたじゃ。
 先ごろ、産み月で大きなおなかのまま死んでいった女の人の墓石じゃったんよう。そしてのう、あたりを見渡すと丹花飴の紙袋が散らかっていたんじゃのう。
 「こりゃぁ、産み月のおなかをかかえたまま、死ぬにも死にきれず、執念で生んだ赤子にちがいない」
 「そうじゃ、そうじゃ、赤子に丹花飴をなめさせて育てておったんじゃろう」
 おしょうさんと、飴屋の主人は、母親の子に寄せる深い愛情に心をうたれたんじゃ。
 その後、赤子は心のやさしい人に引き取られていったそうじゃ。
 それからというもの、飴屋に女の人は二度と現れんようになったんじゃそうな。
 これで、「丹花の子育てゆうれい」の話は終わりじゃ。
 (参考~尾道民話伝説研究会発行“尾道の民話・伝説”)
 
 

 

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