戦場で一節謡って気合を入れ、出陣した信長

 前回は、文武に渡って知識を持っていた信長についてUPしたが、引き続き信長のことを披露したい。
 永禄11年(1586)年、信長は足利義昭を奉じて上洛し将軍職につけた。
 数日後岐阜に帰るのだが、この動向をジィッと見ていたのが「三好長逸」、「三好政康」「三好友通」の三人である。
 この三人、「三好三人衆」と呼ばれているので存じだと思います。
 信長が岐阜に帰国したのを見計らって、この三人衆が翌永禄12年の初頭、義昭を捕えて「本圀寺」に幽閉してしまったのだ。
 この報を聞いた信長は激怒し、直ちに兵を引き連れて京に向かった。
 この時大雪が降っていたといわれるが、普通3日かかるところを2日で行き着いたというから相当の強行軍だったと思われる。
 普段の信長であれば、三好三人衆が怯むのを奇貨として休む間もなく撃破したのであろうが、如何せん雪中行軍だったため兵が疲労困憊(ひろうこんぱい)していた。
 そこで信長は一呼吸後、「俺がこれから歌を一節謡う。皆はこれに続いて謡い、三べんまわったら出陣だ。三好の奴らを蹴飛ばすぞ」と云って、次のような歌を謡ったという。
     織田の上総は 果報のものや
     一番槍をつくほどに 
     しかも上意の御前にて
 時を数えるように謡が三回まわると信長勢は突撃し、見事三好三人衆を蹴散らしたという。
 信長は過激な武将といわれているが、随所にこのように、時と場所、時期に配慮する「目」、度量も兼ね備えていた武将だったのである。(戦国時代ものしり事典から)


 
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                        織田信長

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