豊臣秀吉の好みの女性は身分ある人?

 英雄色を好むというのだが、秀吉もその一人だろう。
 信長も女性との戦い?には相当時間を割いているようだが、秀吉も好き者には違いないと思う。
 秀吉は実子に恵まれない武将でもあったから、子孫を残したいという気持ちは人一倍あった筈だ。
 だから、秀吉は、子作りのことが頭から離れなかったのでは?と推察したくなるほど手当たり次第手を出している。
 家康も子作りということに神経を使っていた節があるのだが、家康の場合、生娘にはこだわっていなかったといわれている。
 一度出産の経験がある女性は、間違いなく子供を産めるというわけだから美人でなくともいいわけだ。
 でも、秀吉は百姓の出だから女性なら誰でも良いというわけにはいかなかったと思うし、研究者の多くもそう言っているようだ。
 そこには身分の高いという羨望と、そんな女性を膝下に・・・との思いがあったと・・・小生は思うのだが・・・どうだろうか?


 その秀吉だが、身分が高く美人の女性を好んだというのだが、それは史料によって裏付けられている。
 秀吉の側室を列挙すると
 〇 淀殿(浅井長政の娘で、信長の姪)
 ○ 三の丸殿(信長の娘)
 ○ 姫路殿(信長の弟信包の娘)
 ○ 加賀殿(前田利家の娘)
 ○ 三条殿(蒲生氏郷の妹)
 ○ 松の丸殿(京極高次の妹)
 ○ 甲斐姫(成田氏長の娘)
 ○ 備前殿(宇喜多直家の未亡人)
 等々だ。
 
 その一方で、違った見方をする研究者もいて、多くの武将が、時の権力者秀吉に恭順の意を示すために我が娘等を側室に送ったというのだ。
 だから必然的に身分の高い女性が多くなったのだとの説だ。
 この説は違うとは言い切れないが、小生の勘繰りは、女好きの秀吉に女性を差し出せば喜んでくれるだろうし、ひょっとして良いこともあるかもしれないとの思惑も見えてとれるのだが・・・・
画像
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック