汁かけ飯で叱られた北条氏政

 「湯漬け」といえば織田信長が有名である。
 かの「桶狭間合戦」に出撃する前に「湯漬け」を掻き込んで駆け出たことで知られている。

 では、この「湯漬け」というものはどのようなものであったであろうか?
 少し手が込むのだが・・・まず飯を湯で洗うことから始まる。
 そして椀に盛り、白湯を七、八分目ほど注ぐのであるが、室町時代には饗応の際は必ず出されたというのだ。
 この湯漬け、飯ばかり食べて汁は吸ってはいけないのだという。

 そして戦国時代になると、湯漬けの湯を汁に代え、飯に汁をかけただけの「汁かけ飯」が、戦いに明け暮れる武将たちに好まれたというのだ。
 この「汁かけ飯」には別に作法は無かったらしいのだが、食べる人間の器量を推し量るものだったともいわれている。

 この「汁かけ飯」で北条氏政が叱られるのだ。
 関東に覇を唱える北条氏康は、ある日嫡子である氏政と食事をとったのだが、氏政の「汁かけ飯」の食べ方を見て「これで我が代で終わるのか・・・」嘆いたという。
 氏政や家臣は不審気な顔で氏康の方を見たのだが、氏康は皆の顔を見ながら次のようなことを言ったというのである。

 人は何度も食事する中で、自然と、飯に汁をかける量を鍛錬するものであるが、氏政は一飯に二度も汁をかけている。
 このような不器用さでは、人の目利きをすることなどできない。
 人を目利きできなければ、良い侍を抱えることなどはおぼつかない。
 今は戦国乱世の時代だ。
 良い侍を集められず、人を使えない氏政は、自分が明日にでも死ねば、あっという間に、賢い敵に攻め滅ばされることであろう。
 
 というのだが、この北条家4代氏政は決して暗愚のものではなかったのであるが、肝心な時に人と時勢の目利きを誤ったという。
 それは、豊臣秀吉が天下をほぼ手中にした天正18年(1590)、後見役だった5代氏直と共に戦い敗れたのだが、北条氏は5代で亡びることとなるのだ。

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