戦国時代の武士は、どの地位から家が持てたか

 戦国時代の「城」は、現在で云えば“役所兼首長公邸”といってもよい。
 知事か市長に相当する城主やその家族、さらに世話係等が城で暮らしていたといってよい。

 一方、他の家臣は、現在でいう公務員と同じで、自宅から城へ通っていたのである。

 しかし「自宅」といっても、自宅を持てるのは、中級以上の武士なのである。

 下級武士には、代々の家を受け継いでいない限り、自分の家は持てなかったし、持つ余裕は無かったのである。

 しかも、仮に親が家を持っていても、それを受け継げるのは長男のみであった。
 下級武士の次男以下は、家を継いだ兄夫婦と同居するか、“上役”である上級武士の家に同居するのが普通であったのだ。

 また「同居」といっても、一部屋を与えられることはめったになく、門の脇などに建てられた小屋で暮らしていたのである。

 畳は無く、板張りの部屋に、何人もの同輩と枕を並べて寝ていたのである。

 下級武士の中にも序列があって、最低辺の足軽は、寝るのも馬小屋の隣ということもあった。
 馬糞の臭いに悩まされながら寝起きしなければならなかったのである。

 ただし、例外もあって、織田信長のように、力があり、家臣の多い大名の場合は、城の近くに棟割長屋を建てて、自宅を持たない下級武士をそこに住まわせることもあったのである。

 つまり“公務員住宅”のようなものだが、一言に武士といっても、その身分と領主の力によって、住宅事情は大きく違っていたのである。
 (参考~歴史の謎研究会書他)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック