戦国時代の海上合戦

 戦国時代、合戦は陸上ではなく海上でも繰り広げられている。
 海上で戦ったのは、海上専門の集団であった。
 「水軍」と呼ばれているもので、瀬戸内海の「村上水軍」が有名である。
 織田信長の下で戦った「九鬼水軍」も良く知られている。

 水軍は、ふだんは海上輸送や海上封鎖を担当しているが、いったん敵の水軍が現れれば、海上での戦いとなるのである。
 当時の海上での戦いは、艦隊同士の決戦となるのが多かった。
 主力となるのは、大型の安宅船であった。
 
 安宅船は、1,000石から2,000石積みで、司令塔となる天守閣のような楼閣が建てられていた。
 この安宅船を中心に、周囲を関船や小早船で固めていた。
 関船は、安宅船よりも小型であったが、快速を誇った。
 小早船は、さらに小型だが、関船よりはさらに快速で海上を駆け巡って戦ったのである。

 海戦では、敵方に火矢を浴びせたり、焙烙(ほうろく)と呼ばれた炸裂弾を投げつけて、敵船を炎上させた。
 あるいは、敵船に乗り移り、白兵戦で敵兵を倒したり、あるいは船に火を放つこともあったのである。

 戦国時代の海戦といえば、何と言っても、石山本願寺を救援に向う毛利方の村上水軍と、これを阻止しようとする織田方の九鬼水軍の激突であろう。
 天正4年(1576)の木津川沖海戦では火力に優る村上水軍が勝利したものの、その後、九鬼水軍は鉄で防備を固めた超大型安宅船を建造し、天正5年(1578)村上水軍を打ち破っている。
 (参考~歴史の謎研究会書他)

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                    安宅船

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                    関 船

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