袖の下「ガッポリ」の与力と同心

 与力も同心も役得の多い仕事であった。
 与力のところへは、まず正月には町火消の頭が年始の挨拶にくる。
 もちろん何がしかの金が入ってくるのである。
 
 4月には外様大名の参勤交代の月で、領国へ帰る挨拶などの使者がくるのである。
 諸大名の江戸屋敷には妻子や家来が大勢生活しているのである。
 江戸の生活に慣れていない国侍も時には残っている。
 町方で問題を起こしたりした時など今後の事を穏便に、という意味で、相当のものが入ってくる。
 盆暮れ、暑さ寒さなどにも進物の使者がくるのである。

 また八朔(8月1日)には大商人や株仲間の肝煎(札差・髪結床・暦問屋・湯屋・定飛脚等々)などが、特に細君に挨拶にやってくる。
 こちらは現金を沢山持っている手合いなので、かなりな額になる。
 一般に「与力年収300両」(一説では3,000両)と言われるくらいで、当然幕府から頂く200石以外の収入である。
 
 同心は、与力に比べて額はずっと小さくなるが、定町廻りなどは普段から町々に睨みをきかせているから、正月、八朔などには町の大旦那などが付け届けを持ってくるのである。

 時代劇などで、袖の中へわずかな銭を入れるところがしょっちゅう出てくるが、そんなみみっちいことをしなくとも、四季折々の付け届けで年に6、70両の金が入ったと思われるのである。
 幅のきく定町廻や臨時廻になると収入もぐっと良くなるから、供に岡っ引きが一人二人はつけられたわけである。
 (参考~北村鮭彦著より)

 

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