武士の切腹について

 今回は武士の切腹について、中央学院大学重松一義教授の著から紹介しよう。
 
 切腹は、『保元物語』『太平記』などで知られているが、敗戦、引責等を理由として、平安時代から行われていた。文字通り腹を切る武士の自殺方法で、左脇腹に刃先を突き立て右脇腹へと引き廻し、腹を掻き切る「一文字」、さらに胸元から臍へ向け切り下げ、さらに咽喉を突くという「十文字」等がみられる。

 これが江戸時代になると上級武士への刑罰の一つとして定められ、500石以上は藩邸内で、それ以下は牢内で行うことと決められ、切腹の作法も形式化し儀式化していったのである。

 切腹が武士の対面を保たせる「身分刑」「名誉刑」であることから、幕を張り、方形に砂をまき、その上に縁なし畳を二枚敷き、背後に屏風が立てられるなど、まず切腹場が作られたのである。
 当人は切腹人に呼ばれ、正面の検視役に向かい座を占める。
 正介錯人は自分の姓名を名乗って一礼のうえ、当人の左背後(検視役からみて右手)に廻り、刀を抜いて控え、二人の介添人が手伝って麻上下(あさかみしも・肩衣)の襟元をはだかせ、後ろにさがり、合図の咳をするのである。
 これに合わせて、左手から一人の牢屋同心が三方に九寸五分の切腹刀を乗せ、当人の三尺(約1メートル)前に置くのである。
 (この際、刀先を当人に向けておくのである)
 同時に正介錯人のそばに控える副介錯人が「三方を戴くべし」と命じる。
 当人がやおら手を伸ばして柄(持ち手)が逆に置かれている為取り難く、前に大きく手を伸ばして俯向(うつむ)きの姿勢となったその瞬間、白刃一閃(はくじんいっせん)、正介錯人が刀を振り下ろし、切腹人の首を刎ねるのである。

 切腹刀は持ち手(柄)も鍔も、切羽(せっぱ・固定金具)も、鞘もない、剥き出しの片刃で、放れ目抜き(柄と刀身を止める釘穴の部分)を半紙で巻いている短刀なのである。
 しかし、実際は、この短刀は木刀か、扇子腹と呼ばれるように扇子を半紙で巻いたもので、当人は切腹することもなく、事実上は斬首そのものであったのである。
 だから、映画・テレビで切腹の場面で、あれだけ腹を切り裂いても、半紙だけで巻いた刀で、手が切れないのかとの心配はなかったことになる。
 

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