H(エッチ)心が蠢(うごめ)いてお役を失った小名

 東京の新宿は、元内藤新宿の名で呼ばれていたように、信州高遠3万3千石、内藤大和守の屋敷地であった。
 その内藤家の下屋敷(現在の新宿御苑)に、当時の幕府奏者番で遠州浜松6万石、井上河内守正重(まさとし)という大名が遊びにきた。
 大名の下屋敷には、邸内の農耕を受け持つ百姓が、何家族か住んでいるのが普通であった。
 8万坪からある庭を歩きまわった河内守、ちょっと休息するつもりでその百姓屋に入ったら、若女房が一人きりであった。
 つい妙な気を起こして組み伏せたところへ亭主が肥桶をかついで帰ったきた。
 亭主はびっくりして肥桶杓で殴りかかった。
 その勢いに河内守も刀を抜いて斬りかかる・・・・・。文化14年(1817)のことであった。
 これが評判となって河内守は奏者番をクビになって、奥州棚倉へ国替えとなってしまった。
 (参考~北村鮭彦著から)

 Hも程ほどにという教訓である。

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