江戸時代の旅人は荷物が少なかったわけ

 現代の旅行者は車での旅行が多く、荷物も多めになる傾向がある。
 車を使用しない場合は、コンパクトに収容できるカバンが販売されているので、そう苦労することはないようである。

 映画・テレビでの時代劇は、振り分け荷物でスタスタと歩いている画面が映し出されている旅人を見て、荷物が少ないなあと思ったことがあると思う。
 それで今回は、国立歴史民俗博物館山本光正氏の書をもとに紹介しよう。

 江戸時代の交通手段は「歩く」のが基本である。
 たまに「馬」「籠」を使用することもあるが、金持ちはいざしらず庶民にとっては高嶺の花である。

 歩いての旅はそれだけ日数がかかるわけで、それ相当の荷物が必要になってくるとの考えが現代人の思いであろう。

 大名から庶民に至るまで、各階層の人々が旅をしているわけで、当然のことながら旅の持ち物も身分によって違ってきたのである。

 安永5年(1776)年、上総の久留里藩主黒田直亨(なおすけ)が参府した時は、武具類の外に幕・湯殿・台所用具も持参している。
 これは特別な事例ではなく、大名の旅行としてはごく一般的なものであった。
 台所用具を持っていく程だから、料理人ももちろん同行しているのである。

 庶民の旅の持ち物はどうであったか。
 博物館などによく展示してあるものに、貨幣を収納できる道中差、携帯用燭台、印籠、箱枕に算盤、手燭などを組込んだもの、その外思わず感心してしまうようなものが各種ある。

 このように細々としたものは供でも連れていなければ、長旅を通して持って歩くのは面倒であったことであろう。
 
 長期の旅での衣類についてであるが、庶民の予備の衣類となるとよく分かっていない。
 供も連れていないような旅では、恐らく満足な着替えを持っていったとは思えない。
 安政3年(1856)2月から4月にかけて金毘羅・伊勢方面を旅した遠江掛川近辺の人の旅日記には「(三月)廿五日晴天、伊賀茶屋ニ而中食、夫より谷川ニてふんどしを洗イ、峠を越シ、又蓮沼ト両人ニてじばんを洗った」とある。
 仲間の6人の旅で、しかも余裕のあった旅人のようであるが、実態は日記にある通りであった。
 それにしても洗ったふんどし等は干しながら歩いたのであろうか?
 余計な心配をしてしまう状景ではある。

 文化7年(1810)刊の『旅行用心集』によると、「道中所持すべき品の事」として、矢立・扇子・懐中鏡・日記手帳・櫛・鬢付け油・提灯・蝋燭・火打道具・懐中付木・麻綱・印判・金属の鍵等をあげている。
 鍵は部屋に麻縄を張り、鍵をかけ小物を吊るすのに便利であったといわれている。
 恐らくごく一般的な庶民の旅の所持品は、よくて『旅行用心集』に記されている程度のものだったのであろう。

 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

面白い
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

通りすがり
2018年02月18日 15:43
昔の記事で既にご存知と思いますが、鍵ではなく鉤です。

この記事へのトラックバック