旧街道沿いの道祖神、六地蔵設置の理由

 古い街道を探索していると、道路沿いに道祖神とか六地蔵が祀られているのを不思議に思ったことはないだろうか?
 今回はその道祖神、六地蔵について紹介しよう。

 古代・中世には、村の境の外は人間の住む世界ではなくて、悪魔の充満する世界だと考えられていた。
 故に、自分達の住む世界、つまり村の境あたりには、悪霊の侵入を防ぐ働きをしてくれるサエノカミ(塞の神)が置かれたのである。
 サエノカミは、道祖神、道陸神(どうろくしん)、岐神(ふなどがみ)などと呼ばれ、長野、群馬、神奈川では男女の双体の石像が多く、山梨では丸石の場合が多いなどと、地域によって特色がある。
 これらの今に残る道祖神は、古いものでも江戸時代のものである。
 しかし「今昔物語」十三には行疫神(ぎょうえきかみ・疫病神)に使役される道祖神が出てくるが、それは木のもとに置かれて男根の形をしていたといわれている。
 「信貴山縁起絵巻」(しぎさんえんぎえまき)などにも丸石の塞の神が描かれているから、源流が古代に遡ることは間違いない。
 鎌倉時代の頃になると、この塞の神はしばしば地蔵に置き換えられた。
 地蔵が死者の世界(冥界)に迷う者を救い、ときには現実の世界に引き戻すという、“幽明(冥土とこの世)の境界の菩薩”という性格を持っていたからである。

 現在でも墓地の入口や道などで地蔵をよく見かけるが、境に立つ地蔵石仏は、道祖神よりはるかに古く、鎌倉時代のころに作られたものが各地にたくさん残っている。
 奈良県の柳生にも集落を少し離れた所に「ほうそう地蔵」と呼ばれる鎌倉末期の地蔵石仏があり、岩に浮き彫りにされているが、その脇に室町時代に借金棒引きを宣言した有名な「柳生の徳政碑文」が彫り込まれている。
 つまり、ほうそう(天然痘)、外界の悪霊、そして借金といった、村に害をなすものを、ここで立ちいらさないようにしたもと思われる。
  (引用~東京大学千々和到教授書から

              奈良県柳生の「ほうそう地蔵」
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