尾道市の民話(天神さまの霊験碑)・18

 今日はのぅ、有難い天神さまの話をしようかの。

 明治の初め頃じゃったが、長江に生玉茂七さんという人が居たんじゃ。
 一日の仕事をすませて、ゆっくりとくつろいで居た時のことじゃ。
 茂七さんが日ごろから世話になっている畳問屋からお使いの人がきたんよ。
 ちょっと店まで来てほしいということじゃった。
 茂七さんは、さっそく出かけていったんじゃ。
 「何かご用でも……」
 と訝しげに尋ねた茂七さんに
 「いやいや、親類から珍しいものを送ってきたんで、一緒に一杯やろうか思うて」
 と問屋の主人の言葉がかえってきたんよ。

 茂七さんが、ご馳走になって家に帰り着くと間もなく、畳問屋の番頭さんがやって来たんじゃ。
 「大変なことが起こったんじゃ。お店の手提げ金庫が無くなっているんじゃ。あんたに心当たりは無いもんかと、聞きに来たんじゃ」
あまりの言葉に
 「金庫なんてしらんよ」
 という茂七さんの声は上ずっていたんよ。
 しかし、運悪く、その日畳屋に行ったのは茂七さんしか居らんかったんよ。
 その日から、見張り番が2、3人、茂七さんの家の前後に立つようになったんじゃ。
 茂七さんの金庫盗みの噂は町中に広がって、茂七さんを訪ねる人も居らず、外に出ることもできんようになったんよ。
 茂七さんは、戸を閉め切って家の中で頭を抱えこんでいたんじゃ。
 「いつまでもこんなことじゃいけん」
 と、かねてから尊敬していた人のところへ相談に行くことにしたんじゃ。
 「あの人なら、きっとわしのことを信じてくれるに違いない」
 希望をもって訪ねていくと、茂七さんに思ってもいない言葉が浴びせられたんよ。
 「お金をどこにかくしているのか、はっきり言ったら力になろう」
 それを聞いたとき、茂七さんは、生きる望みを失ってしもうたんよ。
 「この罪を晴らすには、死ぬよりほかはない」
 茂七さんはフラフラと井戸のそばに近寄ったんよ。
 そしての、まさに飛び込もうとした時じゃ、茂七さんの身体を抱きとめた人がおったんじゃ。
 茂七さんの尊敬していた人が、後から追ってきていたんよ。
 「言葉が過ぎた。許してくれ。お前を信じていないわけじゃない。町中の噂にわしの力じゃどうにもしてやれんのじゃ。しかし、今死んじゃいけん。犯人の濡れ衣を着せられたんじゃ、犬死じゃろうが」
 茂七さんは黙って聞いておったんじゃ。
 「そうじゃ、お前天神さまを信心しておるじゃないか。天神さまにお願いしてみちゃどうじゃろう」
 言われて茂七さんの心がわずかに明るくなったんじゃ。
 その夜から、茂七さんは丑満時になると井戸水で水ごりをし、天神さまの社の前にぬかずいて一心不乱に祈り続けたんよ。
 「天神さま、21日の祈願をいたします。本当の犯人が見つかりますように……。犯人が見つからないときは死ぬ覚悟です」
 そして満願の日がきたんじゃ。この日の茂七さんは、夜になるのを静かに待って居ったんじゃ。
 と、その時じゃ、兄弟のように仲良くしている友達が、息せききって茂七さんのところへやってきたんよ。
 「おい、犯人が分かったぞ」
 茂七さんは、一瞬自分の耳を疑ったんよ。
 その友達が話すのは、長江花町の一角で駄菓子を売っているおばあさんと、世間話をしていたとき一人の子供がやってきて,一文銭を5文差し出したんじゃそうな。その内の1枚が字変わり一文銭じゃった。
 その字変わり一文銭は、梅と松に菅公が彫ってあって、あの畳問屋に使っている止め銭と同じじゃった。友達はその字変わり一文銭を掴むと畳問屋に走ったんよ。
 さてさてその字変わり一文銭を使った者こそ犯人だと、町中大騒ぎになったんよ。
 手提げ金庫は、畳問屋の息子の友達4、5人が、つい出来心で持ち出していたんじゃ。
 いたずらは悪いことだと諭され、子供たちは深く反省したそうじゃ。
 茂七さんは嬉しさのあまり、どっと男泣きに泣き崩れたそうじゃ。
 それから、すぐに天神さまに、お礼参りに行ったんじゃそうな。
 
 当時、大きな商売をしている店では、その店だけの独特の模様を掘り込んだ一文銭を作っておったんよ。
 それを字変わり一文銭と呼んでいたんよ。
 千枚の一文銭の終りに字変わり一文銭を1枚入れておき、それを数えれば一文銭が何千枚あるかすぐわかるということになっていたんじゃ。
 最後に入れることから、止め銭と言っておったんよ。

 梅と松に菅公の字変わり一文銭のおかげで、命を取りとめた茂七さんは、今さらのように天神さまの霊験に感謝したんじゃ。
 そして畳問屋にその止め銭をもらえぬものかと相談に行ったところ、畳問屋は茂七さんを疑ったことを深く詫び、気持ちよく譲ってくれたんじゃ。
 茂七さんは、止め銭を家宝とし、神棚に供えていたが、あまりの有難さに、明治36年4月吉日、止め銭の模様を彫った御影石の霊験碑を天神さまの西横に建立したんよ。
 そしての、生涯、天神さまの祭礼日には、ご神体の御鏡を磨いたそうなんじゃ。

 これで今日の「天神さまの霊験碑」の話は終りとしよう。
 続きはまたこの次じゃ。
  (参考~尾道民話伝説研究会発行“尾道の民話・伝説”)
 
  
 

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