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zoom RSS 戦国時代の軍旗・指物・馬印など

<<   作成日時 : 2016/10/09 17:18   >>

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 映画やTVドラマでの戦国時代の戦場。
 ちょいと想像すれば賑やかに感じるほどの場面が浮かぶことであろう。
 旗印があれば馬印もあり旗指物まである。
 実際に戦せず対峙しているだけであれば何かの祭りの如くの場面ではなかろうか?
 つまり殺伐とした戦場を華やかにしているのは「軍旗」「指物」「馬印」があるからだと云っても良いくらいだ。
 しかし、これらは決して飾り物ではないのだ。
 
○ 家紋というものは、その家をあらわす印だから武将が誰かが分かる。
○ 旗印というものは、だれが軍勢を率いているのかがひと目でわかる印だ。
○ 馬印というものは、その軍勢の大将の居場所をあらわす印だ。
○ 旗指物というものは、軍旗や幟の総称で、旗印も含まれるが武将が誰かも
 一目で理解できる。
 
 このように自分の存在を示すための「印」なのだが、決めるのは自由で別に定義づけはなかったようだ。
 武将が気に入ったものを使用したものだから個性的なものも多い。

 ではなぜそのようなものを使用したのか?
 戦国時代というものは「下剋上」の時代だ。
 槍一本、刀一振りで、ひょっとすると一国一城の主になれるかもしれない世の中だ。
 家柄にとらわれることなく、個人の力や能力で城の主になれるのだから「男の血が騒ぐ」というものだった。
 豊臣秀吉はその中でも筆頭株であろあろう。

 だから「戦働き」で活躍したものが誰かを、周囲の武将たちに印象付けるためにシンボルが欲しかったに違いない。
 そのシンボルが指物だったのだ。
 
 それまでは、一騎打ちの戦いが多かったら勝てば誰かがすぐわかる。
 しかし、集団戦法になってくると戦場そのものが広がり、誰が誰だかわからなくなったのだ。
 いくら手柄を立てても目立たないわけだから「自分」というものを売り込むしかないというわけだ。

 戦場というものは鎧兜を身に纏(まと)っているので、大体が地味なものが多いのだから目立とうとしても並みの努力ではなかったことであろうことも言える。
 しかし、戦場では死ぬか生きるかの場でもある。
 男として死ぬ時も華々しく目立って死にたいというのもあったと思われる。
 だから武将たちは自分の姿を美しく飾り、自分自身の士気を高めるるためにも必要だったのではないだろうか?
 もし戦功でも上げれば一国一城の可能性があるのだから・・・より引き立てようとしての知恵ではないだろうか?

 軍旗は源平の時代から存在した。
 平家はご存知の通り、「赤旗に経文」、源氏が「白旗に八幡神の神号」である。
 これは敵味方の区別から来ているのだが、だんだん付加価値がつくようになった。
 神仏の加護を得ることによって、味方の士気を高め、敵方を威嚇するのである。
 そうしたことから、戦国時代、様々な軍旗、旗幟が登場することになる。
 
 指物とは、具足の背中に設けられている指筒の中に差し込む旗のことで、あまり大きくはなかった。
 大半は正方形を半分にした「四半」と呼ばれた小形の旗が用いれられたという。
 自己宣伝が目的なので邪魔にならない限り最良の工夫がなされたようだ。

 磔、ドクロ、位牌型まであった。
 
 馬印は、馬に乗った大将や侍大将のお供の足軽が持った。
 主人用のもう一つの旗である。
 旗と言うより飾りとしての印象が強く、形態や素材も種々雑多だ。
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       鳥居強右衛門磔姿の旗指物(落合左平次道久背旗)

 
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