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zoom RSS 宣教師ルイス・フロイスから見た信長像

<<   作成日時 : 2016/06/16 15:56   >>

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 日本人にとっての戦国武将・織田信長像は「傲岸で自分以外の者は信用しない」と云われるほど尊大だったとの印象が強いと思っている方が多いと思う。
 そして、事実そのような武将だったらしい。
 それでは外国人から見た信長像はどうだろうか?
 今回はポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが見た信長について述べたい。
 これらの話は有名なものなので、詳しい方はスルーしてください。
 信長は、フロイス以外にもイタリア人のオルガンチーノ、ワリニャーノといった宣教師達ともよく合っていたという。
 彼ら宣教師たちは書簡や報告書で信長のことを本国に伝えているのだが今回はフロイスに絞って簡記したいと思う。
  
 織田信長に初めて会った外語人がポルトガル人宣教師ルイス・フロイスである。
 彼は、信長に最も頻繁に会った宣教師でもあるのだ。

 フロイスは永禄12年(1569)に初めて織田信長に対面している。
 これは日本でのキリスト教の布教を認めてもらうために謁見したのだが、対面した場所はその時普請中だった二条城の現場だったというのも興味深い。
 同年6月1日付で書かれた彼の書翰で、信長を次のように伝えている。

 この尾張の国王[織田信長]は、37歳長身痩せ型で、髭はほとんどない。
 声はよく通り、大変勇敢にして、不撓不屈であり、軍事訓練に励んでいる。
 正義や慈悲を重んじ、尊大で名誉欲が強い。
 秘密裏に決断し、戦略においては抜け目がない武将だ。
 規律や家臣の進言にはわずかか、若しくは殆んどまったく耳を傾けず、諸人からきわめて畏敬されている。
 酒は飲まず、誰にも盃を与えるようなこともほとんどない。
 家臣の待遇については厳格で、日本のすべての国王・領主を見下しており、自分の家人や家臣であるかのように肩の上から彼らに話をする。
 
 全ての者が絶対君主に対するかのように彼に従っている。
 優れた理解力と明晰な判断力によって、神仏やすべての異教的占いを軽蔑している。
 名目上、法華宗徒であるように見せているが、宇宙の創造者や霊魂の不滅はなく、死後には何も存在しないと公言している。
 彼は大変に清潔で、自身の事業の采配とその完璧さに対して思慮深くある。
 話をする際には、冗漫や長い前置きを嫌い、領主であれ何人も、彼の面前では刀を携えることは決してない。
 また、常に二千名もの小姓とそれ以上の騎馬を引き連れ、身分の低い家臣と話をし、冗談も言っている。
 彼の父は尾張国の領主にすぎなかったが、彼は極めて巧妙な策謀により、四年のうちに17、8ヶ国を支配下におき、この五畿内及び他の隣国を7、8日で征服した。

 ということだが、このフロイスの信長評で、我々日本人は信長の容貌や性格までも知ることができるのである。
 痩せ型で髭が少ないあたりは、今に残る信長の肖像画[織田信長像(長興寺蔵や神戸市立博物館蔵)]によく当てはまっていると思うのだ。
 また、信長の独裁者ぶりが窺える反面、如才ない部分もあったようで、信長の人となりがよく伝わる記事であると思うのだがいかがだろうか?
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