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zoom RSS 織田信長の小姓「森蘭丸」のこと

<<   作成日時 : 2016/03/09 10:43   >>

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 前回少し述べたのだが、信長の小姓「森蘭丸」のことだ。
 
 その前に小姓のことだが・・・
 武家の社会では亭主(武将)の身の回り、つまり雑事のことなのだが、正室、側室等の女房達は一切しなかったといわれている。
 それでは誰がやったのかというと小姓と呼ばれる少年たちだ。
 亭主つまり武将の食事から身支度、掃除、外出する時の供までありとあらゆることをやっていたというから大変な仕事だ。
 武将の夜の相手までさせられたのだから並みの神経ではもたなかっただろう。

 その当時、武将が「男色」相手を傍に置いていたのは武将の「たしなみ」の一つであったといわれているのだが、現代でも「同性婚」云々といわれている時代だから批判はできないだろう。

 しかし、小姓の務めはお伽だけではなく身辺の世話や機転だけでもなく武勇にも優れていなければならなかったのだ。

 話を信長に戻すが、信長は側室も数多く抱えていたというのは述べてきたが、小姓たちも数多く周りに置いていた。
 先に述べたが小姓の務めは並みのことではない。
 特に信長の小姓ともなると大変だっただろうと想像はつくのだ。
 いかんせん信長の気性は激しすぎるくらい激しいものだったから余計にそう思う。
 非情な信長のことだ、自分の気に入らない小姓を手討ちにしたことは数多かったというのだから、小姓たちも命がけで信長の身の回りの世話をしたことだろう。

 そうした中で、信長晩年のお気に入りの小姓が「森蘭丸」であったという。
 側近NO. 1 と言った方がよいのだろう。
 蘭丸の父は「可成(よしなり)」で、勇猛果敢な武将として知られている。
 可成は土木技術にも長けていたとので重宝がられていたと伝わっている。

 蘭丸は容姿美麗でありながら父親のDNAも継いでおり文武とも傑出した子供だったという。
 そんな子供を信長が放っておくわけはあるまい。
 蘭丸が13歳の時小姓として傍に置くようになった。

 そんな蘭丸に関する逸話が数多く残っているので紹介したい。
○ 蘭丸の機転さを物語る「障子」の話
  これは有名な話なのでよく知られている逸話だ。
  ある日、信長は蘭丸に対して「障子を開けたままにしてきた。閉めてこい」と
 指示した。
  蘭丸が行ってみると、障子は閉まっていた。
  そこで蘭丸は閉まっていた障子をいったん開け放ち、改めて閉め直し戻っ
 て来た。
  信長は障子が閉まったままであることは承知していたのだが、蘭丸を試す
 つもりで 「閉めてこい」と言いつけていたのだ。 
  信長は帰ってきた蘭丸に「開いていたか」と尋ねたのだが、蘭丸は「閉まっ
 ておりました。しかし、主君が開けたままだと仰 せられましたが大勢の者達
 が聞いています。そのままでは信長様の思い違いだったことになります。
 それで一度開けた後、また 閉めました」と答えたというのだ。
 信長は「なんと気の利く子供だ」と感心したという。

 もう一つ紹介するがこれまた有名な話だ。

○ 故意に転倒した話
  ある日ある時、ある僧が信長に献上するため大量のミカンを持ってきた。
  蘭丸はこのミカンを信長に披露しようと台に載せて運んでいた。
  見ていた信長が「その方の力では危ない。倒れるぞ」と注意した。
  すると、信長の言葉通り部屋の真ん中で物の見事に転倒してしまった。
  翌日、他の小姓たちに同情された蘭丸は「主君に恥をかかせず、判断が
 正しかったことを示すために、わざと転倒したのだ」と答えたという。

まだ逸話はあるのだが、続きは次回で・・・
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                    太平記英雄伝の森蘭丸
 

 
 
 
 
 

  
 

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