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zoom RSS 徳川家康が次男(秀康)を冷たく扱った理由

<<   作成日時 : 2010/06/26 07:24   >>

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 徳川家康の長男信康については、前回UPしたが、実は次男のことについてはあまり知られていなかった。
 二代将軍秀忠は三男なのであるが次男をさておいての将軍職なのである。

 この次男秀康が世に出、知られるようになったのは、司馬遼太郎の「豊臣家の人々」という小説のおかげである。

 徳川家康の次男として生まれたのであるが、秀康(結城秀康)は父家康から冷たく扱われ、秀吉から人質として実子をひとり養子にくれと言われたときに、何のためらいもなく養子に出された人物なのである。

 家康には11人の男子がいた。
 正室の築山殿が産んだ長男の信康は、信長の命で切腹させられた。
 家康は信康にはかなり期待していたようなのだが、さぞガックリしたことであろう。

 本来なら、長男がいなくなれば、普通次男が後を継ぐのであるが、徳川二代将軍になったのは、次男の秀康を飛び越えて三男の秀忠だったのである。

 家康が次男の秀康に冷たかったのは、その出生に疑惑があったからといわれている。
 秀康の母は、正室の築山殿でなく侍女であったというのである。
 正式な側室でもなかったのである。

 家康がこの侍女を孕ませたのは、風呂場であったらしく、ムラムラした家康が一度だけこの侍女と関係を結んだのである。
 そしてこの一度だけの関係で身ごもり、生まれたのが秀康なのである。

 家康の側室であれば、他の男達が手をつけることもないが、侍女の立場なら他の男とも同衾したかも知れない。
 現在のようにDNA鑑定で親子関係を調べることもできないので、家康としては自分の子だと「認知」はしていたものの、疑う気分が残っていたものと推測されるのである。
 (参考〜歴史の謎研究会書他)

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
最近は秀康生母は家康の従兄弟(水野忠政娘が母親)説があります。
木いちご
2011/03/15 13:56

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